『フォント』


1.はじめに

 講義の中で、テレビで使用されている文字の特徴を書く機会があった。私は「恐怖場面では、とぎれとぎれの文字を使う」と記入したのだが、具体的なフォント名を挙げることはできなかった。後で気になって調べてみると、それは康印体という名前のフォントであることがわかった。康印体と似たもの、または場によっては同一に扱われるものに古印体があるが、どちらも「印」の字が付くとおり、印鑑の文字に似せたフォントだと思われる。
 故に印鑑の文字具合を表現したい場合や、表札での使用が本来意図された使い方だと思われるが、実際には先に挙げた恐怖の演出として使用されていることのほうが多い気がする。ちょうど、携帯電話の絵文字で台風として用意されたものが別の使い方をされているのと同じだ。
 そのため、康印体のフォントを見ただけで、その文字におどろおどろしさを感じずにはいられない。ただ、人によっては康印体におどろおどろしさを感じない人もいた。その印象の違いに関心を持ったのでフォントについて調べてみることにした。

株式会社もりいん http://www.hankodaisuki.jp/
表札の専門店 山田製作所 http://www.hyousatsu.co.jp/
街のカメラやさん http://matikame.com/


2.パソコン上におけるフォント

 康印体を調べるに当たって使用したのはAdobe社からでている「Illustrator 9.0」という画像ソフトと、ダイナコムウェア株式会社から出ている「DynaFont85書体」というパソコン用のフォント集である。康印体は最初からパソコンに入っていることはまずないので、このようなフォント集から入れなくてはいけない。
 パソコンのフォントはWindowsであれば、「マイコンピュータ」>「コントロールパネル」>「フォント」と開き、そこにフォント集からフォントデータを入れるだけで種類を増やすことができる。そこには最初から入っている基本的なフォントである明朝体やゴシック体の他に、個人で作ったようなフォントを入れて使用することができる。毎月違ったオリジナルのフォントをCD-ROMに入れ、付録としてつけているMdNという月刊誌があるくらい、その種類は日々増え続けている。

TrueTypeスーパーフォントコレクションforWindows インプレス編集部
株式会社エムディエヌコーポレーション http://www.mdn.co.jp/
ダイナコムウェア株式会社 DynaFont Type X TrueType150 DynaFont85書体
http://www.dynacw.co.jp/dynafont/product/tt/tx_tt150w.html

 康印体を探すに当たって、手元には「DynaFont85書体」付属の資料等がなかったので、文字を打ち込んだ後にフォントを順に変えていって康印体を探すほかなかった。この作業の中で「fsイラスト94」という特殊なフォントを目にすることになった。
 これをフォントと言っていいのかどうかは迷うところである。なぜなら、このフォントは文字通り文字ではなくイラストが出力されるものだからである。「あ」を入力して出るのは船のイラストであり、「い」を入力して出るのはヨットのイラストである。おまけに全角のスペースを押してもネズミのイラストが表示される(注:Wordでは出ない)
 このフォントは漢字以外の全角文字に反応し、それ以外の文字を入力しても何も表示されない。このような特定の文字にだけ反応するフォントは少なくない。海外で作られたフォントの多くはアルファベットと数字、一部の記号が入力できるものが大多数だが、中にはアルファベットだけのもの、数字だけのものもあり、そういったものの場合、フォントにない文字を入力するとスペースが空くか細長い四角が入力される。

 一見すると、パソコン上におけるフォントの種類の増減は容易に思えるが、メーカーの違う携帯電話間のメールのやりとりと同じ問題が存在する。たとえば、康印体を使って作った文章を友人に渡したとして、その友人のパソコンに康印体が入っていなければ、その文章は初期状態から入っているMSゴシックやMS明朝に変えられてしまう。何かを強調したくて康印体に変えても、その効果が全く現れなくなる恐れがあるのだ。
 これが友人間ならまだいいが、企業間で起こるとなれば大きな問題に繋がる。康印体で広告を作ったとして、そのデータを受け取った印刷会社のパソコンに、康印体のフォントデータが入っていなかったらどうなるだろう。広告制作者のデザインしたものとは、大きく違ったものが出来上がってしまう。
 だが、このような問題はプロの世界で起こったりはしない。それはIllustratorというソフトの機能によるところが大きい。Illustratorは同じAdobe社の画像ソフト「Photoshop」がひとつひとつのドットで画像を表現しているのとは違い、図形の形を点と点のデータ(座標的な位置としての点)によって表現している。そのため、拡大や縮小を繰り返しても画像が粗くなることはない。
 また、その特徴を持つが故に可能な機能がアウトライン化である。アウトライン化とは概念的な説明をすれば、入力した文字等を図形として記録するものである。文字を点と点のデータとして図にすることによって、文字としての編集はできなくなるが、その代わりにどのパソコンで開いてみても、同じ文字が表示できるようになるのである。
 こういった機能があるため、Illustratorは印刷業界に幅広く流通し、印刷所に頼むときにはアウトライン化し、トンボをつけ、カラーモードはCMYKで、eps形式の保存というのがお決まりになっている。ただ、今現在に至っては新たなソフトも出てきているため、以前ほどのスタンダードさはなくなってきているのかもしれない。


3.フォントが持つイメージ

 康印体の印象は人によってどのくらい違うのかを知るために、何人かの人に康印体のフォントを使用して書かれた文章を見せ、そのフォントから受ける印象について聞いてみた。「おどろおどろしい」、「古めかしい感じがする」、「血のイメージ」といった感想が主だったものだった。
 少数意見としては、中国人留学生の「書体について聞かれると、どうしても時代がいつかということに注意がいく」というものがあった(日本語が少しおかしいところがあったため、その方の言いたいことはこういったことだったと推測して書いています)。
 はじめ、その方の言っていることをあまり理解できなかったのだが、康印体・古印体について調べた際に「そうしんネットワーク」の漢字の歴史を見て、その方の言っていることがわかった気がした。漢字が作られてから数千年、時代時代に使用された書体があり、同時に中国という国の歴史がそこにあった。だから、その人にとってはフォントが持つイメージ云々よりも、時代はいつなのかという見方になったのだろう。
 また、この件では自分の無知さと無関心さを恥ずかしく思った。私は今の今までフォント名の由来を気にかけることなく使っていた。明朝体は明朝体、ゴシック体はゴシック体で、そういうものなのだという決まり切ったものとして捉え、それ以上深く考えることはしなかった。そのため、明朝体が中国の王朝名からきているとは正直思いもせず、ただそこにあるフォント名称としての認識しかなかった。

 話を戻し、フォントが持つイメージについて考えてみる。康印体というフォントの特徴であるたどたどしい文字線が、血をイメージさせるのは視覚的な点からわかる気がする。流れ出た血や血管と、たどたどしい文字線には似ているところがあるからだ。「おどろおどろしさ」もその血のイメージから派生したものではないかと考えるに難くない。
 「古めかしさ」については、最初に紹介した株式会社もりいんの解説に「古い印鑑(それこそ遺跡クラス)などは虫に食われたり風化して印面がボロボロに痛んでいます。しかしそれを捺印してみると、かすれ具合がすごくいい味わいになっていたりするんですね。その雰囲気を現代字にアレンジしたのが古印体です」とある通り、文字のかすれ具合が風化したものを彷彿とさせるところから来るのではないかと思われる。
 ただ、どの程度の古めかしさを感じているのかがわからないので、幾つかのフォントを見せて、古く感じる順に並べてもらった。同時に改めて康印体の印象を聞くことにした。再度聞くことにしたのは、前に康印体の印象について聞いたときに「古めかしい」と「おどろおどろしい」がセットで言われることが多かったので、康印体の印象と古めかしさの度合いに何か関係はあるのではないかと思ったからである。



◆質問の内容◆
Q1.7番のフォントの印象、イメージを教えてください。
   抽象的なもので結構です。こんなところで使われていたというのでも構いません。
Q2.次のフォントを古めかしさを感じる順に並べてください。

・質問文字

◆使用フォント◆
1.DFG金文体W3
2.DFG新篆体W5
3.DFG隷書体
4.DFG中楷書体
5.DFG行書体
6.DFG新宋体
7.DFG康印体W4


◆アンケート結果◆

20代男性:2-1-5-7-3-4-6(おどろおどろしい)
50代男性:1-5-2-7-3.4-6(江戸情緒少しあり、習字的)
30代男性:2-1-7-3-5-4.6(インパクトあり、目立つ、怪談、昭和初期)
30代男性:2-1-5-3-6-4-7(ハムを搾った感じ、見ない書体)
50代男性:2-1-7-3-6-5-4(好ましくない)
40代女性:2-4-1-6-5-3-7(スリラー)
20代女性:2-1-7-5-3-4-6(石に彫った字、中国、書道で書いた)
50代男性:1-2-5-7-6-3-4(看板文字、企業ロゴ、表札的)
30代女性:2-5-6-4-3-1-7(お化け用、インク切れ)

※ 最初に康印体の印象を聞いた人とは別の人に聞いています。
 ( )内は康印体の印象。「.」で分けているのは大差がないと感じた場合。


 フォント自体、名称に「新」と付いているように、もとの書体をアレンジしているので、厳密にどれが歴史的に古いということはできないが、書体名だけで年代を判断すれば古い順に1~7となっている(その年代も手元にある資料ごとに違いが見られる)。もっとも、康印体は印鑑関係の会社のホームページでも、誕生した年代がバラバラなように、日本で作られたこと以外よくわかっていないというか、認識されていないのが現状かもしれない。
 結果を見てみると、DFG新篆体W5がもっとも古いと感じられているのがわかる。ただ、DFG新篆体W5は「葉」の字の草冠の書き方自体が違うので、これを一番古いと感じるのは妥当なところだろう。次に古いというイメージを抱くものにはDFG金文体W3が挙げられている。その後に続く番号もだいたい年代通りとなっている。ただ、誕生した年代の割に上位に挙げられているのがDFG康印体W4である。
 つまり、少数のアンケート結果ではあるが、康印体は大半の人に結構な度合いで古いイメージを抱かれ、古めかしさと恐怖的イメージとの関連は今のところ見られないことがわかった。また、古めかしさを感じる度合いに個人差はあるものの、そう大きくないというのが聞いてみて思ったことだ。
 逆に康印体が持つイメージは大雑把に分ければ2パターンに分けることができる。恐怖系の印象とそれ以外である。恐怖系のイメージを抱いた人の中で特徴的だったのは、漫画の怖い場面で見たという意見である。前に行った印象調査でもそうだったが、比較的若い世代の方が恐怖系の印象を持っている傾向が見られるのは、若い世代の方が漫画を読んでいるからではないだろうか。現に今回、康印体に「スリラー」という印象を持った40代の女性は、娘の漫画をよく読むと言っていた。そして、彼女を除けば40代以降で恐怖的印象を挙げる人はいなかった。

伊藤印材店 http://www.in-ito.co.jp/Shops/shotai.htm
安心印館 http://www.tebori-inkan.jp/moji.htm
HankoShop http://www.bigwave.ne.jp/~hanko/syotai.html

 いろいろと聞いて回るうちに、フォントが持つイメージはその文字自体から視覚的に受ける印象だけではなく、今現在どういう使われ方をしているかに起因するところが大きいのではないかと思うようになった。つまり、康印体がもともと持つ視覚的イメージ以上に、恐怖的場面での康印体の使用をたびたび見ることの方が、康印体というフォントと恐怖というキーワードを結びつけているのではないかということだ。
 それがフォントから受けるイメージの違いに繋がってきているため、康印体を見て恐怖系のイメージを抱く人とそうでない人が出てくる結果になったと思える。たとえば、漫画をよく読む人は恐怖的場面で康印体がよく使われているので恐怖のイメージが定着しているが、漫画を読まない人には恐怖のイメージが定着しておらず、たまに使う印鑑の方がまだ印象度が高いために印鑑のイメージが来るといったものだ。


4.各フォントの使用例

 ここでその具体的使用例を漫画中心に挙げることにする。まず、康印体の使用例として化け物の台詞への使用が挙げられる。康印体は明朝体やゴシック体に比べて若干読みにくいところがあるので、それがかえって不気味な語り口を想像させる人外のものの台詞と噛み合うのかもしれない。実際、同じ台詞を明朝体で書いたものを用意してみた。
 康印体は脅された場面の驚きの声でも使用されている。どちらにしても、怖れを演出するために康印体が使用されている。これは康印体の印象を聞いたときに挙げられた「おどろおどろしさ」や「血のイメージ」と繋がるものである。漫画以外の例としては、ホームページ上で見つけた下図のようなものがある。
~図は省略~
 康印体の恐怖以外での特殊な使用例として、二重人格者の一方の人格時の台詞を表現している場合がある。右図がその場面である。三つ目という特殊な種族である彼女は、通常時のパイと呼ばれる人格の他に、三只眼と主人公が呼ぶ人格が存在し、この三只眼の台詞のときに康印体が使用されている(読み進めると正確には一般的な多重人格と違うことが明らかになるが)。
 人格によってフォントを使い分けているのだが、この三只眼が古代からの知識を引き継いでいることから、この康印体の使用意図には古めかしさの演出があると思われる。この古めかしさの演出例として、今年の12月21日の産経新聞に載っていた日枝神社の広告も挙げられる。これは神社の格式や歴史性を感じさせるための古めかしさの演出ではないかと思える。
 次にゴシック体の使用例を挙げる。ゴシック体は絶叫シーンにおいてよく使われている。これは迫力や勢いを強めるために使われていると思える。実際、違うフォントを使用してみると、その勢いの差を痛感する。これら以外のフォントの使い方としては、回想を含む手紙を読むシーンなどで下図のようなフォントを使用する例が見られる。
 これらの例を見ると、フォントというものがいかに大きな印象を与えるか、視覚的効果というものを生み出しているかがわかる。だが、やたらに使い分けがなされるとうるさい印象を与えてしまう。下図がその例の一つである。古本屋の漫画を調べていた中で、もっともフォントを使い分けていると思えた作品であるが、紙面自体に落ち着きのなさを感じずにはいられない。もしかしたら、それが狙いなのかもしれないが、私には受け入れられなかった。
 こういったフォントの使い分けにパソコンが与えた影響は小さくはないだろう。パソコン、いやワープロが普及した辺りから、フォントの使い分けが頻繁に見られ始めた気がする。現に最近の漫画と昔の漫画を見比べると、今の方がフォントの使い分けがなされている割合が高い。
 最後に一般に普及しているフォント以外のフォント、いわゆるオリジナルのフォントを使用している例を挙げる。北海道のローカルバラエティー番組「水曜どうでしょう」では、番組専用のフォントをわざわざ発注して番組内で使用している。どれがそうなのか見分ける自信はないが、確かにフォントの使い分けが効果的にされている印象を受ける。
 間抜けな場面ではふにゃっとした文字を出し、勢いのある場面では筆遣いを感じるものを使用する。そういった使い分けの重要性を番組スタッフは、「僕らが撮る画も、やってること自体も、実はそんなに大したことじゃないんです。そのぶん、紙芝居や無声映画みたいに目を引く演出がどうしても必要。だからこそ、ひとつひとつのテロップやスーパーに価値があるんです!」(~どうでしょう本 創刊号2004~より)と語っている。



5.まとめ

 以上のことから、フォントから受ける印象の違いには、日頃接しているメディアの違いが如実にあらわれると言える。もともと康印体には恐怖と結びつく要素があり、そのために恐怖を演出する目的で使用されたとしても、今となってはその演出の繰り返しによって「康印体」=「恐怖」という心理学用語でいうところの学習(パブロフの犬実験等に見られる古典的条件づけ)がなされてしまったと思える。
 そのせいか、康印体というフォント名を知らない人が、恐怖文字や幽霊文字と康印体を呼んでいるのをインターネット上で見かける。もはや、一部の人にとって康印体は恐怖場面における文字以外の何ものでもないのだ。書体が生まれた経緯や背景、本来の使用目的などよりも、今となってはフォント自体が持つイメージ、デザイン的な部分での捉え方が重要視されているのかもしれない。
 それを伝統や歴史性の喪失として嘆くこともできるが、表現の広がりと捉えることもできる。人は自分の意志を伝えるために言葉を用いるが、その時どんな言葉を選んで用いるかの他に、本来の使用目的を気にせずにどんなフォントを選ぶのかを考えられることで、より意志が伝えやすくなった気がしないでもない。

 今回フォントに関して調べて強く思ったのは、漢字やひらがなが持つ表情の豊かさである。これは私が日本で生まれ育ったせいかもしれないが、アルファベットなどの他言語の文字に比べ、漢字やひらがなのフォントには強い個性を感じるものが多くある気がしてならない。
 逆に言えば、個性的なフォントを作り出す背景があったのだとも言える。象形文字である漢字を使い続けてきたことによって、いつの間にか私たちは文字の形そのものに意味が存在すると思うようになっている。知らない漢字であっても、そのつくりから読みや意味を推測するのがいい例だ。この辺が組み合わせで何かを表すアルファベット等との大きな違いである。
 そのことを象徴する言葉として「字を見れば性格がわかる」がある。この言葉こそ、私たちが文字から文字以上の情報を得ている、または得ようとしていることのあらわれではないだろうか。かつて、まるもじ(変体少女文字)を見たら女子学生を思い浮かべたように、その書体の背後にあるものを私たちは常に見ているのだ。
 ただ、今と昔では新たなフォントが誕生する背景がかなり違ってきている。かつてはより書きやすく、より偽造されにくくといった実用的な理由で誕生していたが、今はかわいいからとか格好がいいからといったデザイン的な理由で新たなフォントが誕生してきている。
 その例が先のまるもじやヘタウマ文字である。私にはそれらの良さがいまいちわからないが、「自分はある特定層の人間だ」と示すにはいいフォントである。また、それら特定層にアピールしたい文章であれば、そのフォントを使用した方が効果的だと言える。

 フォントには歴史がある。そこには単なる文字の形以上の情報が詰め込まれているが、その読み取り方は人によって異なっている。幾つかの言葉が死語になっていったように、フォントが誕生した時の理由や歴史性というものも、違った使われ方をしているうちに薄らいでいくのは避けられないことなのかもしれない。そして、その本来の用途とは違った使い方がスタンダードとなったとき、それはもう新たなフォントとしてそのフォントが生まれ変わった瞬間なのかもしれない。